タクシー運転手になりたい人が甘く考えている接客

はじめまして。以前、準大手規模のタクシー会社でお給料を貰っていた、「野の字」と申します。在籍時は面談や面接等で社内外問わず数百人を超えるプロドライバーの方と直接お会いし、また新人タクシー運転手の方々に接客教育や事故防止の指導も行っていました。

タクシー運転手といえば、好きなところを好きなようにドライブして、ヒッチハイク希望の人を乗せたらお礼にお金まで貰えるという、運転好きには夢のような天職です。私自身、タクシー運転手に憧れて入社しました。

しかし、自動車の中で見ず知らずの客と二人きり・・・、実際のところ接客とかはどんな感じなの?という不安や疑問があるのも事実。ここでは、タクシー運転手の接客について、一般的な接客サービス業にはない弱点と、簡単に克服できる方法を、苦情の実例を用いてお伝えしていきます。

タクシーならではの接客苦情

接客サービス業で一番のストレスは、何はなくとも苦情です。そして実はタクシーの接客に関しては、構造上絶大なリスクがあり、その詳細は次項に譲りますが、ちょっとしたことが苦情に発展してしまうこともあります。例えばこういったものです。

【実話】深夜、缶チューハイ片手の男性をお乗せしたら…

酔っ払いを乗せるケースは多い。

こんな事件がありました。走行中に、客が運転手(運、と表記)に声をかけました。

客:この辺でどこか右へ曲がれない?近道になりそうなんだけど。次の交差点あたりでさ。

運:そこですか?あれは一方通行の出口ですね。

客:ダメなの?

運:無理ですね。

客:じゃその次の交差点は?

運:それは、ちょっと実際に行ってみないとわからないです。

客:なんだよ!運転手のくせに何も知らねーんだな。

運:いや、まあ時間帯によって変わるところもありますからね。

客:もういいや、ここで降りるわ。

運:ありがとうございます、1,000円ですね。

客:はいはい、もう二度とお前の会社には乗らないから。

降りる際、客はそう捨て台詞を残して出ていきました。翌日タクシー会社に客から電話が入り、運転手は訓戒処分となりました。

客の方が異常??そうでしょうか?

上記の苦情は、酔っ払いがいきなり怒り出したように感じます。普通に会話していたのに突然、「なんだよ!運転手のくせに」と激昂する等、酔客特有の感情変化に驚くほどです。

しかしこの会話は、面と向かって行われたものではない、という事実に気をつけなければいけません。

運転手は、前を見ています。車を走らせているのです。まさか後ろを向いて会話するわけにはいきません。つまり、乗客の問いかけに対しては、全て口だけで返事しているのです。

何を聞いても、「それは無理です」「ちょっとわからないです」「いやまあ色々ありますし」といった言葉を、話し相手を一度も見ずに答えています。

乗客からすると、自分の話に興味がない、全部生返事してくる、自分の要望を叶える気が全くない、といった不快な気持ちになるのも無理はないでしょう。

タクシーの接客では、挨拶すらまともに出来ない

タクシー運転手と乗客は向き合っていない

タクシー運転手と乗客との配置関係は、投手と一塁走者、というと野球を知っている方しかピンとこないかもしれませんが、体の向きはそのようなものになります。実際に客としてタクシーを利用してみると判りますが、走行している間、運転手さんの顔はほとんど見えません。左肩からうなじにかけて、顔はせいぜいモミアゲのかたちが見えるくらい。タクシー運転手さんの全貌はよくわかりません。ここが一般的な接客業との一番大きな違い、そして絶大な弱点なのです。

今度はタクシー運転手の立場になって思い描いて見ましょう。車を左に寄せ、ドアを開けます。お客様が後部座席に乗ってきます。運転席からお客様に「お待たせしました」等の挨拶をしながら懸命に振り向こうとしますが、車内の構造やシートベルトの制限もあって、上半身をちょっと左にひねって首をお客様の方に曲げるのが精一杯のはずです。

そして、行き先を聞いて経路確認ののち発進した後は、もうお客様が降りるまでの間、ずっと前を向いたままです。お客様から話しかけられても、まさか走行中に体をねじって振り返ることなどできませんから、姿勢はそのままで言葉だけ返すような状態になります。

接客の基本は、相手の方に体ごと向いて、誠心誠意のお辞儀やご挨拶を行うことです。それが最初の乗車手続きからお支払いに至るまで、ほとんど不可能な業種が、タクシー運転手です

接客業らしいちゃんとした挨拶が出来ないというのは、タクシー接客ならではの特殊性、そして大きな弱点なので、きちんと補えるような接客方法が必要になります。

タクシー接客の弱点克服法~接頭辞としての謝罪~

できているようでできていない謝罪

面と向かって客の応対ができないという弱点は、車内の構造上、消すことはできません。しかし、言動で覆い隠すことはできます。ずばり、謝り倒すことです。

欧米化の影響からか、謝ったら負け、謝罪すると全てが自分のせいだと認めることになから絶対に謝らない方がいい、という認識を持たれることがありますが、これは誤りです。勿論、全部私が悪いですごめんなさい、と言うのであればそうでしょうが、ここでの謝罪文句は違います。

通りすがりの他人に道を聞く時、デパートの店員にものを尋ねる時、「すいません」と言うことがあります。その「すいません」を、タクシーの場合、客に話しかけられる度に毎回言うのです。簡単です。

先程ご提示した会話のやり取りですが、運の発言全ての先頭に、「すみません」「ごめんなさい」「申し訳ありません」といった言葉を付けて読んでみて下さい。とんでもなく腰の低い印象に早変わりしませんか?乗客の捨て台詞も変化し、後日営業所の所長が菓子折りを持って謝罪に行くような事態にはならなかった筈です。

タクシー運転手の接客は、難しいけど出来たらスゴイ

公道を自由気まま、縦横無尽に走り回ることができるタクシー運転手ですが、実は接客の基本であるお辞儀も許されない体勢のなかで、車内にたった一人の小売店員として、懸命に乗客をもてなすことが求められるという、非常に難しい職業です。勿論ご紹介した苦情例のようなことは頻繁には起きません。それは、走行中のプロドライバー達が、正にタクシー接客のプロとして、乗客の気持ちを思いやり、要所要所で言葉の始めに謝罪文句を付ける等の配慮を行っているからに他ありません。

もし、これからタクシー運転手という職業に就いてみるなら、道の知識や運転技術のみならず、独特な接客法を身につける、という気持ちを忘れないで頂ければ拙筆の甲斐があります。野の字でした。


<広告・PR>
野の字
20代でタクシー業界に飛び込み、運行管理者として業界準大手の会社に就職。タクシー運行管理の他、交通事故処理や苦情対応、本社に異動してからは新人研修等も任されるようになり、タクシー関連業務の多方面で活躍。顔も名も明かせない恥ずかしがり屋